「行政処分を受けたが、それに不服がある」

「不当に解雇された」

そのようなとき、みなさんならどうしますか。

日本国憲法32条には次のように定められています。

「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない。」

裁判所に対し自己の権利、主張を訴えて解決してもらう権利が、憲法で保障されているのです。

この裁判を受ける権利について興味深い事例がありますので、ご紹介します。

この事例は、原告のA氏が、横浜市の条例に違反したとして、横浜市長から2000円の過料に処するとの処分を受けた事案です。

A氏は、「客観的に上記条例に違反する行為があったことは認めるが、本件違反場所にはA氏の行為が条例違反であることを容易に認識できるような標識等がなかったにもかかわらず、本件処分を行ったことは違法である」などと主張し、市長に対して異議申立てをしましたが、これを棄却する旨の決定を受け、更に神奈川県知事に対して審査請求をしましたが、これを棄却する旨の裁決を受けました。
そのため、A氏は、2012年3月、被告横浜市に対し本件処分の取消しを、被告神奈川県に対し本件裁決の取消しを求めて、横浜地方裁判所に訴訟を提起しました。
提訴に至った心境をA氏は「誰かが戦いを挑まなければならないという使命感が大きい。それだけ横浜市の対応は、日本最大の政令指定都市とは思えないものでした」と述べ、「日本国憲法の基本理念である基本的人権を顧みない条例至上主義による行政運営が堂々と行われている」と指摘しました。
これに対し行政側は、「禁止の看板はA氏から見えるところに位置していた」などと、処分の妥当性を主張しました。
横浜地方裁判所は、2014年1月22日、「過料処分をするには少なくも過失が必要であるところ、原告には過失がなかった」として、過料処分の取消しを認めました。A氏の勝訴でした。

この裁判で興味深いのは、行政処分(過料処分)をするのに過失を要するかという中身の問題だけでなく、A氏が弁護士をつけずに本人で訴訟をしたという点です。

当然、A氏も初めから自分ひとりで訴訟をしようとしたのではなく、複数の弁護士に相談しに行き代理人として訴訟を提起してほしいと頼んだようですが、どの弁護士も「勝訴の見込みがない」などと受任を断ってしまったのです。

弁護士がこのような態度では、裁判を受ける権利は絵に描いた餅です。

確かに、依頼者の説明や依頼者の提示する証拠を検討しても、勝訴の見込みが低いと言わざるを得ない事件もあります。
しかしながら、弁護士がこのような事件を一様に受任を断っていたら、依頼者の裁判を受ける権利はどうなるのでしょうか。
私は、このような事件でも、事件の見込みを依頼者に十分に説明した上で、それでも依頼者が裁判を強く望むのであれば、代理人として受任し提訴することも、弁護士の社会的責任の一つであると考えます。

なぜなら、第1に、弁護士にとって事実は常に一義的・不変的なものではなく、裁判が進行し、相手方の主張、立証活動とそれに対応する依頼者の証拠収集活動が行われる結果、事案の真相が受任当時弁護士の把握したものと異なったものとなることも決して稀ではないのです。
弁護士にとって事実は流動的なものであり、弁護士は受任の時点で、最終的な判断をする裁判官のように事件を裁くわけにはいきません。

また、場合によっては、従来の判例にとらわれずに、新しい判例を創造していくのも弁護士の役割です。判例があるからとの一事でこれに従う行動をとることばかりが能ではありません。
第2に、弁護士がどのように説得しても依頼者が自己の正当性を主張して説得に耳を貸さない場合があります。このような場合、弁護士が依頼者を代理して、その言い分の主張・立証を尽くしたものの、結果として判決によって依頼者の主張が排斥されることとなれば、依頼者もその結果に納得せざるを得ず、紛争はそれによって結着を見ることになります。これもまた裁判の一側面であり、そのような弁護士の活動も社会的な意義が認められてよいのです。

なお、上記横浜地方裁判所の判決に対し、横浜市が控訴し、控訴審では、A氏の過失が認められ横浜市が勝訴しました。現在、最高裁判所で争われているようです。
ちなみに、控訴審ではA氏には代理人弁護士がつきました。勝訴の見込みが低い行政訴訟でも、一審で勝訴すれば、弁護士も受任するということでしょうか。

信濃法律事務所 弁護士 臼井義幸