離婚するまでの間の婚姻費用の清算をしないままに離婚を成立させてしまうというケースが(特に弁護士が付いていない場合には)しばしばあります。

たとえば、別居を始めたものの夫が婚姻費用を払ってくれず、妻としてはきちんと支払って欲しいと思っていたものの、早く離婚はしてしまいたかったので離婚を成立させてしまったというケースです。

このような場合、別居中に夫が支払ってくれなかった婚姻費用について、離婚後に妻から請求することはできるのでしょうか。

最高裁判所は、離婚後に妻から過去の婚姻費用を請求することが認められる場合があることを明らかにしました(令和2年1月23日決定)。

1 事案の概要

妻は、平成30年5月、夫に対して婚姻費用分担調停を申し立てました。

妻と夫との間で、平成30年7月、離婚調停が成立し、夫婦は離婚しました(離婚時の合意には財産分与に関する取り決めはなく、いわゆる清算条項もありませんでした。)。

離婚調停成立と同日、婚姻費用調停は不成立となり審判に移行しました(調停が審判に移行した場合、調停を申立てた日に審判を申立てていたと見なされます。)。

原審である札幌高裁は、次のような理由から、離婚後の妻の婚姻費用分担請求権を認めず、妻の請求を却下しました(最高裁の決定書から引用します)。

「婚姻費用分担請求権は婚姻の存続を前提とするものであり、家庭裁判所の審判によって具体的に婚姻費用分担請求権の内容等が形成されないうちに夫婦が離婚した場合には、将来に向かって婚姻費用の分担の内容等を形成することはもちろん、原則として、過去の婚姻中に支払を受けることができなかった生活費等につき婚姻費用の分担の内容等を形成することもできないというべきである。
そして、当事者間で財産分与に関する合意がされず、清算条項も定められなかったときには、離婚により、婚姻費用分担請求権は消滅する。」

つまり、婚姻費用分担請求権は結婚していることを前提として発生するものだから、裁判所は、離婚前は審判によって具体的な婚姻費用額を決定することができるけれど、離婚後は過去の婚姻費用について具体的な婚姻費用額を決定することはできないということです。

それに対して、最高裁は次のように述べて離婚後の妻の婚姻費用分担請求を認めました。

少し長いですが、

「民法760条に基づく婚姻費用分担請求権は、夫婦の協議のほか、家事事件手続法別表第2の2の項所定の婚姻費用の分担に関する処分についての家庭裁判所の審判により、その具体的な分担額が形成決定されるものである(最高裁昭和37年 (ク)第243号同40年6月30日大法廷決定・民集19巻4号1114頁参 照)。
また、同条は、「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定しており、婚姻費用の分担は、当事者が婚姻関係にあることを前提とするものであるから、婚姻費用分担審判の申立て後に離婚により婚姻関係が終了した場合には、離婚時以後の分の費用につきその分担を同条により求める余地がないことは明らかである。
しかし、上記の場合に、婚姻関係にある間に当事者が有していた離婚時までの分の婚姻費用についての実体法上の権利が当然に消滅するものと解すべき理由は何ら存在せず、家庭裁判所は、過去に遡って婚姻費用の分担額を形成決定することができるのであるから(前掲最高裁昭和 40年6月30日大法廷決定参照)、夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して、離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定することもできると解するのが相当である。
このことは、当事者が婚姻費用の清算のための給付を含めて財産分与の請求をすることができる場合であっても、異なるものではない。
したがって、婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても,これにより婚姻費用分担請求権が消滅するものとはいえない。

2 まとめ

今回の最高裁の決定によって、離婚後に離婚時までの婚姻費用を請求することができる場合があることが明らかになりました。

しかし、それは常に認められるわけではなく

・離婚前の審判(調停)の申立がある

・離婚時に清算条項などで婚姻費用請求権を放棄していない

・婚姻費用の清算も含む財産分与が行われていない

といった条件を満たす必要があると考えられます。

上記札幌高裁の決定では、離婚について合意ができていても、過去の婚姻費用について合意ができていないと離婚(調停)を成立させることができなくなり、最高裁決定の方が、当事者の意思、紛争の早期解決につながる、妥当な決定と言えます。